ひまわりの咲くころに

暑い夏がやってきました。熊本地震で被災をされている皆さんを思うと、

暑いなどと言っていること自体が申し訳なく思います。

当たり前の生活、便利さに慣れてしまうことの危うさを考えさせられます。

当たり前を、当たり前と思わず、日常を送っていくことの大切さを忘れず、

私たちは、私たちのできることをやっていきたいと思います。

 

さて、みんなのいえの庭には5月に植えた「ひまわり」がすくすくと育ち、

花を咲かせ始めました。

ひまわりに見送られながら、3年間、みんなのいえで暮らした若者が先日、巣立っていきました。

「生きてるだけで、まるもうけ」とは思えず、生きることに苦悩している若者。

今回のブログは、そんな彼のことを綴ります。

私たちスタッフを相手にたくさんの膿を出しまくり、嗚咽を吐きながら

両親や過去の体験を言葉にしては悲壮感に駆られる状態が長く続きました。

「ぼくは死んだほうがいいんだ。こんなに迷惑をかけているのに生きていちゃいけなんだ」と、

そうした気分の浮き沈みが繰り返される度、スタッフは丁寧に言葉を選び、

寄り添い、時間をかけて「生きること」とはどういうことなのかを

若者と一緒に考え、若者自身が他人から押し付けられた生き方ではない、

自分のための生き方をみつけるための長い対話の時間をかけました。

ひまわりにも大小、様々な大きさがあります。同じタネでも育つスピード、

茎の太さ、葉の大きさも違うんです。ひまわり一つひとつに違いがあるように、

人にだって違いはあること。

「あなたは、あなたでいいんだよ。みんなと同じじゃなくていいんだよ」っという言葉を

実感するための、みんなのいえでの暮らしでした。

彼が悩んだ分と同じ分だけ、私たちスタッフも悩み、どうサポートしようかと思案したことが

思い出としてたくさんあります。

そんな若者が、巣立ちを前にこういいました。

「ぼくにとって、ここが家・・・実家みたいなものです。恥ずかしくて後輩たちには言えない

迷惑エピソードもたくさんあって本当にスタッフの〇〇には申し訳ない(笑)

スタッフ達のお陰で、大人を信じられるようになりました。ありがとうございました。」

 

これまでよりも、これからを!!

彼の生きるための終わりなき旅は、この先も続きます。

でも、「今はみんなのいえがあるからね。何があれば帰っておいで!いってらっしゃい」